とってもベタな2018年の目標

あけましておめでとうございます。

地球が回っているから、年を越せたと思うし、周りのみんながいてくれるから2018年がやってきたと思う。

いとこのお兄ちゃんがくれるお年玉には毎年誰かの似顔絵が描いてあるのだが、今年はコシノジュンコだった。(ちなみに妹は草間彌生) 

お正月は20年連続、自宅で静かに過ごすのが私の大好きなお正月。友達と会うこともないし、ただひたすらにのんびり過ごす。

 

2018年になったからって、単純に地球が回っているだけだし、どこかのお偉いさんが考えた暦がたまたま2018年も続いてるわけだし、何気ない毎日の一部。だけどなんでか、おめでたい。

「今年の目標は〜」って毎年のように言っちゃうんだけど、結局大晦日になってfacebookとか読み返してみると、案外実行できてないんだなあって感じる。言ったはいいけど生きてるうちにやりたいことなんてコロコロ変わっちゃうじゃないか。

だからもう目標なんて決めないことにした!...って言ったらそれはそれで怠けてしまうでしょ。それは良くない、微妙だよなあ。

 

で、2018年をどう生きたいか、何を大切にしたいかを考えたんだけど、今年は、分厚く生きていたいし、自分の持っている歴史観だとか、文化に対する関心とか感じ方とかを大切にしていけたらいいなあ。

これまでは、多かれ少なかれ本当にたくさんのことを経験させてもらえたなあって思っていて、一方で、「広く浅く」っていう生き方が目立ってきていた。たくさんの点が線として繋がる体験は多いのだけれど、そこに厚みがないし、深みがない。

今年はもっと深く潜りたい、分厚い人になりたい。情が厚い、って意味でもね。

昔からずっと、音楽だけでなく、気になったことをディグるのが好きだし、だからこそ、学んだことがたくさんあった。自分としての価値観、考え方、受け入れ方が少しだけ形成され始めているかもしれない。自分をもっと大事にして生きたいなあと思う。

 

結局年が明けたら、誰だって目標とか色々言っちゃいたくなるんだと思う、人間は。

新しいノートが使いたくて仕方ないのと同じだと思うし、人間やっぱ新しいものが好きなのかもしれないなあと思う。

そうじゃない人がいるのも当たり前でさ。

 だけど、周りの環境や技術がどれだけ新しくなっても、私たちの根本にある考え方は変わらないし、思い出は完全に消えたりしない。どれだけ新しい表現技法が出ても、細胞周期で体内環境が更新されたとしても、私たちの精神世界とかは失われたりしない。

自分が持ってるもの無くしたりせずに、自分なりにこの一年も過ごしていきたいと思うなあ。

今年も楽しく、好き嫌いせず、やれたらいいなあ。ワクワクできたらいいなあ。

2018年もどうぞよろしくお願いします。

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いい夕日撮れたよ。

 「それわかる!」とか、「これどう思う?」とか、「長い」とか、思ったことがあれば、ぜひ教えてください!最後まで読んでくださって、ありがとうございます!