スナックのママになりたくて

スナックのママになりたくて、最近は過ごしている。

前提として、「なんのために、どんな事をするのか」というと、ちょっと長くなるけれど。

 

飲み屋さんって基本的に、「ちょっと聞いてよ〜〜」から始まる愚痴とか悩みに関する話題が多いなって思う。純粋に飲みが好きな人もいると思うし、私生活の悩み・仕事とか対人関係とか社会に関する悩みとか、そういうのをふわっと浄化させたくて通う人もいるし、いろんな人が集まるけれど、同時にたくさん情報が舞い込んでくるのが現状なのかな〜〜とざっくり捉えていて。

一方で、飲み屋さんは簡単に人と繋がれる、「サロン要素」があるなあって思っていて。「お互いが何者であるか」みたいなバイアス抜きでゼロから他人と関われるから、感覚的に繋がりやすいし。飲みニケーションってすっごく「アツい」事だと思う。私たち世代(ちなミレニアルズ)の酒離れが離れているとは言われているけど、これじゃあもったいない。

 

こういう現状に対して、わたしは、「課題解決」とか「作戦会議」を中心に据えてスナックのママになりたいと思ってる。

口からポロっとこぼれた悩みって、大きな社会課題だと思うし、ポロっとこぼしっぱなしにするんじゃなくて、責任持って課題解決に向かいたい。

繋がったお客さんそれぞれに技術や知見があるし、会社や組織の枠組みを超えて、その場でパーティを形成して解決したい。なんなら、わたしのスナックから、発明とかプロダクトとかサービスとか、そういう新しいビジネスというか、イノベーションが生まれて欲しいって思ってる。

 

スナックのママになりたくて、勉強する。大学生でいられるのもあと一年。ここからは、スナックとかいわゆる水商売とかの文化を勉強したい。どんな歴史があって、これからどう進んでいくのか、スナック文化のどの部分に重きを置いていくのか、そういう事を考えつづけたい。横のつながりを作れるのも、可愛がってもらえるのも今だから、今を大事にしなくちゃいけないってすごく思う。わたしには夢があるから。

 

スナックのママになりたくて、練習する。これは、いつもお世話になっている人たちのお店で、「スナックすずき」をやらせてもらっている。いい日もあるし、よくない日もあるけれど、ちょっとずつ、わたしのことを知ってくれる人がいればいいな。これからは、昼スナックとか「スタンドすずき」とか、お日様が出ている時間帯にもやれたらいいな。だから、就活で大阪に来ている同学年の友達も、顔見せてくれたら嬉しいな。「元気にやってる?」「就活どう?」「これからどうする?」みたいな会話から、わたしのスナックのコンセプトが叶えばいいな〜なんて思ってる。きてね。(宣伝かよ笑)

 

スナックのママになりたくて、飲み歩く。これは、基本的に友達のBARに通って日々勉強しているという事。一見消費している感じはするけれど、投資。たまに、お世話になっている人とか友達とかを連れていってみて、BARの空気感に対してその友達の間隔がどこまで馴染むのか、どんな会話をするのか、そういうのを観察する事もあるし、「商売っ気」を眺めている時もある。無駄ではないし、身銭を切るメインの場所だと思ってやってる部分がある。

 

スナックのママになりたくて、スナックじゃない場所で修行する。これは、わたしのスナックに対するミッションが、「課題解決のために、作戦会議できるようなスナックを作りたい」だから。3年5年と言わず、もっと修行したい。組織におけるお金の流れ、1つのプロジェクトが自立するまでのプロセスとか、そういうのを勉強するのが目的だし、そのためにはじっくり時間をかけたい。

 

就活は、「新卒ブランドとかどうでもいいから就職浪人してやる!」とか言いつつ、ゆるゆると始めてます。みんなに、「杏奈就活するん?」とか言われるけど意外とやってるよ。次に進みたいところに、規模の大小とかブランドの有無とかそういうのは関係なくて、別にエリートになりたいわけでもなくて、ただただ修行できる環境とついていきたいと思えるボスに出会えたらいいな〜〜程度にしか思っていない。肩肘張らずに、進めたいし、面白そうな場所があったら本当に紹介して欲しいし、同じように夢があって今やること頑張ってる友達ともっと話したい。

何が言いたいかって、今就活している友達のみんな、良かったらわたしと一緒に飲みに行ってください。

 

スナックのママになりたいから、これから少しずつ形になるように進めていこうと思っています。みんながいなくちゃ始まらない!みんなと一緒に、場所づくり、空間づくりをやりたい!どんな人にも夢があるから、手伝えることがあればなんでも教えてください!

 

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気持ちを入れたくて、今までの自分から変わりたくて、20センチほど髪を切りました。いい人に切ってもらえたと思う。ベリショとかって、丁寧にケアしなきゃだと思うし、そういう決意も含めているよ。

 

花と意味について

お花にハマっている。

その人の事を考えながら花束を作って、その人に今一番伝えたい事を伝える事が出来るからすごく好き、なんだと思う。

花って枯れてしまうから、余計に、今一番すっごく伝えたい事を伝えやすい。

 

21本のバラのはなし🌹🌹

卒業式の時とか、ステキな事があった時とか色々な場面でお花を貰ってきたけれど、生きてきた中で一番嬉しかったのは、お誕生日に大好きな人から貰った大きな大きな花束で。バカでかいのに、車で運んでもらって、担いで家まで持って帰るくらい嬉しかった。

ドライフラワーにしようとした祖母に「あんたの花束、バラが21本(年の数)も入ってたんやで!気づいてた?」って言われたんだけど、全然気づけなかった。

後から確認したら、本当に21本の赤いバラが入ってた。(本人はちゃんと教えてくれなかったけど)  

わたしは元々、なんとなく花言葉とか石言葉とかそういうのが好きだったから調べてみたんだけど、バラは花言葉だけではなく、渡す本数によっても意味が変わってくるらしい。

赤いバラの花言葉🌹

→「あなたを愛しています」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」「美貌」

赤いバラが21本🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹

→「あなただけに尽くします」

21本に関しては、そういう意味はなかっただろうけど、でも「そうだったらいいのにな」って思うと勝手に嬉しくなってニヤニヤしてしまった。

それ以来、何かにつけて、友達や大事な人にオリジナルの花束を作って渡している。渡したい人それぞれに似合う花言葉や色かたち、意味があると思うから、ちょっとお節介だけど渡している。本当はみんなにお花を渡してまわりたいくらいお花が好きなのだ。

 

意味のはなし🥴🥴

どんなものにでも意味がある。

縄文土器の模様にも、食べ物や飲み物にも、サボる事にも、ルネサンス期の名画にも、表情にも、歩く速度にも、その時の言葉づかいにも、犬にも猫にも、花にも石にも。

だけど最近はちょっとサボっていたと思う。調子に乗りすぎてたかもしれないと思う。意味がわかったふりをしすぎていたかもと思う。なんしか、考えなさすぎた。

もしかしたらもっと違う切り口がたくさんあるだろうし、まだまだ試せることがあるはずなのに、自分の居場所に過ごしやすさを感じすぎていたかもしれない。

分かったふりをするのも、余計な事を考えるのも、頭でっかちになるのも、本来のわたしにしちゃあ勿体ない。

花の色やかたち、匂い、意味だけにこだわるんじゃなくて、蕾も葉っぱもその下の根っこも大事にしよう。

誰かに花束を渡したくてたまらない。伝えたい事はもっと言葉にしよう。

いいところだけを見せるんじゃなくて、もっと根っこを見てもらいたい。食べてもらいたい。

やりたいことがたくさんある。腐らずやろう。

 

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これは、いつもお世話になっているルーキーへのお誕生日のお花。ヒヤシンスが誕生花なのでど真ん中に。いい匂いの花束になったかも。


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これは、大好きな人への花束。大好きって事を伝えようと思っていたのに、その人に似合う色を考えているうちにビタミンカラーになっちゃった。意味合いも、大好きというより感謝に。オレンジの包み紙に紺色のリボンを結んでもらったのもお気に入り。


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これは、なんとなくお花買っていこ〜〜って思った時のお花で、「ダリア」という。一輪挿しでも映えるお花だから渡しやすいし飾りやすい。花言葉は色によって変わるけれどオレンジのダリアに特別な意味はない。ダリア全体の花言葉として、「華麗」「優雅」「気品」「威厳」「感謝」「移り気」「裏切り」「不安定」がある。今のわたしの理想と現実が混ざってるなと後から思った。

 

 

「それわかる!」とか、「これどう思う?」とか、「長い」とか、思ったことがあれば、ぜひ教えてください!最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

じぶん調整期間、はじめます

今週は、(勝手に)じぶん調整期間な1週間でした。

大好きなSuchmosのライブに行ったり、スナックすずきをやったり、自分の好きな事だけたくさんやりました。

言葉を選んだり、人との距離感を考えるのが苦手な私にとっては、周りの人達との人間関係にしんどさを感じてしまうことが多くて。

今はアルバイトのおかげで少しずつコミュニケーション力もついてきたから、違和感は無くなったかも知れないけれど、頑張り続けるのって難しい。

聞き上手になるための練習をしすぎて、自分と向き合うのをサボってたように思います。キャパも超えてたな。

なんでも請け負ってしまうし、整理整頓が出来ないし、頭の中はいろんな事で散らかっています。

 

これからしばらく、春になるまで、じぶんの調整に力を入れようと思います。

まずは今やっている事を少しずつ削りたい。

それから、会いたい人に会いに行って、自分がやりたい事をもっとたくさんやって、温泉に行ったり、のんびり景色を見たり、じぶん優先で過ごそうと思います。

 

もしかしたら、みんなのお誘いを断るかもしれないし、自分だけ好きな事をするかもしれません。頼まれても断るかも知れません。

怠けているわけじゃなくて、みんなが普通にしている事は、わたしにとっては頑張らなきゃ出来ないものだから。ちょっと考える時間をください。

ゆっくり気長に、やります。じぶんのペースは大事に。

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HEISEIラストサマー、夜

21歳の夏真っ盛り。

お盆が過ぎてから、結構すぐ気持ちいい風が吹くようになってきた。

この夏、基本的に日中は寝て過ごしていたので、わたしの生活は基本的に夜型だったと思う。ほとんどどこにも行かなかったし、特別なこともしなかった。夏らしい事をしようとは思うけれど、どうしても苦手。

夏は毎年決まって少し燻る。

長いお休みは何をしていいか分からないから、苦手。中途半端になってしまうから苦手。

ヤケクソになっちゃって、色々なことに手を出しちゃって、まあまあ迷惑をかけてしまう。ざわついちゃうのかな。

 

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夏らしい事をしたいし、やっぱり花火かなと。この場合は、質より量のオトナな線香花火スタイル(7本使用) 好きな人とする花火は格別。

 

毎晩のように思うけど、夜は素敵だと思う。

誰かと夢を語り合ったり、自分のことを振り返ってみたり、お昼にはできない事があると思うから。

時々、会いたい人に会えるし、素敵。

会えない夜も、それはそれでいいのかもしれない。

 

夏、終わらなかったらよかったのにな。

そう振り返る秋真っ只中の夜でした。

アルバイト談義

なんでみんなアルバイトしてるのかなって思って。

 

みんなそれぞれ、お金もらってる訳だけどさ、何に対してお金が支払われてるのかな。

 

だいたいみんな、お金を稼ぐために働いてるわけでしょ。お金ないと美味しいものも食べれないし、楽しいこともできないし、好きな事に対して投資することもできないもの。

だから働くというか、アルバイトするわけですけれども。

お金を貰えているのは、時間に対して?サービスに対して?存在に対して?  これってきっと働いてる場所によって価値観が違ってくる部分だと思うから本当はつっこんじゃいけないところかな〜とは思うわけですけど。

 

「まだまだ未熟やな」&「そもそもアンタも出来てないやん」があるのは重々承知していることを前提として書いていきます。

 

この前、「こちとら時間を売ってお金貰ってるのに、時給が発生しない"5分前"の行動をする意味がわからない」みたいな感じの事言ってる子がいて、そこからすごく考えさせられた。

「時間を売ってるからお金貰ってる」っていう考え方にショックを受けた自分がいた。

わたしは普段、1時間くらい前にバイト先に着いて、服を着替えて、髪の毛も巻いて、メイクも直して、それでやっと働ける状態になってる。

少しでも可愛い方が、わたしもお客さんも気持ちがいいし、少しでも良くなる。

確かにこの準備時間に時給が発生する事は無い(当たり前だけど)けれど、この準備時間が、あとあとの自分の働き方に繋がってくる訳だから、私にとってすごく大切な事。

お客さんからも、いつもたくさんの事を教えてもらえるから、毎日振り返ってみると本当に役立つ事ばかりなんだよな〜って。

 

「自分ってなんでバイトしてるんだろう」って考えた時期があった。

理由ってひとつだけじゃないのはもちろんの事なんだけれど、1番は、「社会勉強したかったから」

毎晩色んなお客さんが来店されて、それぞれ悩んでる事だったり、今やってる事だったり、お仕事の話だったり、色んな話を聴かせてくれる。子供のわたしにとっては、まだまだ知らない世界ばかりで、たくさん発見があってすごく楽しい。

「たくさん勉強したい事がある」って話したら、それ以上にたくさんの事をアドバイスしてくれる大人の人たちがいて、すごく嬉しい。

まだまだ出来ない事ばかりだから、お店にも迷惑かけたりすることもあるし、役に立てない事もあるし、キャパ超えちゃってどうにもならない事があるけれど、本当にいっぱい学ばせて貰ってます。

もっともっとお客さんに楽しんでもらいたいし、いっぱい学ばせて貰えてるとはいえ、全体の1%くらいしか理解できてないだろうし。頑張りたい。

 

働くって、マジでお金だけじゃないと思う。

 

「5分前行動とかを推してくるのはグローバルじゃない」みたいな考え方も世の中にはたくさん溢れてると思うけれど、それ以前に、「時間売ったらお金貰って当たり前」みたいな考え方こそグローバルじゃないと思うな。

いろんなきっかけ、いろんな準備、それぞれの段階を踏むからこそ初めて誰かの目に触れる事が出てくるんだろうし、初めて「評価されてもおかしくない対象」になり得るんじゃなかろうか。あとは、ルールを作らなきゃいけないかも。

誰かと繋がる、誰かに喜んでもらう、そういう事が本当に大切に出来ないと、グローバルな世界って作り得ないと思うし、みんながハッピーになれなかったら結果としてあんまり意味はないと思う。

ていうか、時間に対してお金が支払われるような仕事ってなかなか難しいしハードだと思うな。

 

働く事で貰えるお金は、きっと時間への対価だけじゃないし、本人への評価だと思うから、どんどん準備したらいいと思う。ダラダラするのはよくないけど!!!

 

今病気してるから、バイトも学校もお休みもらってるんだけど、わたしが戻ってくるのを待っててくれる人がいる事に気づけました。なんかそういうの嬉しくって、見ててくれる人がいるのが幸せで、涙ちょちょぎれました。

大切な友達がたくさんいる学校も、素敵な先輩と優しいお客さんがいるバイトも、早く復帰したいもんです。

 

なんかそんな感じ!以上!解散!

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これはすっごく嬉しかった日の写真!バイト先にて。

 

「それわかる!」とか、「これどう思う?」とか、「長い」とか、思ったことがあれば、ぜひ教えてください!最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

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トロールズを知ったのは1年ほど前の事だったんだけど、昨日たまたま聴いてて「ヤバ」ってなっちゃった。

トロールズの「雨」っていう曲があるんだけど、Suchmosがカバーした曲を聴いて、そしたらもう、胸がぎゅっと締め付けられちゃって、朝のアラームが鳴るまでずっと再生してた。

たまたま「雨」をテーマにした写真集を授業で作ってたのもあって、この曲はすごくリンクしたというか、腑に落ちたというか、スッと心に入ってきたんだ〜。

 

この曲聴いてたら、本当に会いたい人の顔とか表情とか仕草とかそういうの浮かんで来ちゃって、だけどこんな夜だからもう会えないなあって気づいて切なくなってしまって〜みたいな感じになってしまった。なんせ音が気持ちいい、声が気持ちいい、歌詞が気持ちいい。

 

雨って凄く濡れるし、荷物が増えるし、ちょっとめんどくさいし、邪魔くさい。しかも雨が降ると、花は散って、鳥さんはどこかに逃げちゃう。寂しい。

だけど雨が降ると、水たまりができて、色んな傘が開いて、ベンチが水玉模様になって、壁は濡れると色が変わる。

「雨だね」「風邪ひかないでね」「傘貸そうか?」みたいな温かいセリフに出会える。雨ガッパ着て自転車に乗ったドラえもんみたいな人たちにも出会える。

雨が降るからこそ、人の気持ちとか生活感とか持っているものとか、周りの花とか生き物とかに色味が増すんだなあ〜って思える事が多くて。

だからわたしは雨が嫌いじゃないって、そういう事が言いたいんです。

 

みんなも聴いてみて。チェキラ。

ペトロールズ - 雨 - YouTube

 

 

 

 

とってもベタな2018年の目標

あけましておめでとうございます。

地球が回っているから、年を越せたと思うし、周りのみんながいてくれるから2018年がやってきたと思う。

いとこのお兄ちゃんがくれるお年玉には毎年誰かの似顔絵が描いてあるのだが、今年はコシノジュンコだった。(ちなみに妹は草間彌生) 

お正月は20年連続、自宅で静かに過ごすのが私の大好きなお正月。友達と会うこともないし、ただひたすらにのんびり過ごす。

 

2018年になったからって、単純に地球が回っているだけだし、どこかのお偉いさんが考えた暦がたまたま2018年も続いてるわけだし、何気ない毎日の一部。だけどなんでか、おめでたい。

「今年の目標は〜」って毎年のように言っちゃうんだけど、結局大晦日になってfacebookとか読み返してみると、案外実行できてないんだなあって感じる。言ったはいいけど生きてるうちにやりたいことなんてコロコロ変わっちゃうじゃないか。

だからもう目標なんて決めないことにした!...って言ったらそれはそれで怠けてしまうでしょ。それは良くない、微妙だよなあ。

 

で、2018年をどう生きたいか、何を大切にしたいかを考えたんだけど、今年は、分厚く生きていたいし、自分の持っている歴史観だとか、文化に対する関心とか感じ方とかを大切にしていけたらいいなあ。

これまでは、多かれ少なかれ本当にたくさんのことを経験させてもらえたなあって思っていて、一方で、「広く浅く」っていう生き方が目立ってきていた。たくさんの点が線として繋がる体験は多いのだけれど、そこに厚みがないし、深みがない。

今年はもっと深く潜りたい、分厚い人になりたい。情が厚い、って意味でもね。

昔からずっと、音楽だけでなく、気になったことをディグるのが好きだし、だからこそ、学んだことがたくさんあった。自分としての価値観、考え方、受け入れ方が少しだけ形成され始めているかもしれない。自分をもっと大事にして生きたいなあと思う。

 

結局年が明けたら、誰だって目標とか色々言っちゃいたくなるんだと思う、人間は。

新しいノートが使いたくて仕方ないのと同じだと思うし、人間やっぱ新しいものが好きなのかもしれないなあと思う。

そうじゃない人がいるのも当たり前でさ。

 だけど、周りの環境や技術がどれだけ新しくなっても、私たちの根本にある考え方は変わらないし、思い出は完全に消えたりしない。どれだけ新しい表現技法が出ても、細胞周期で体内環境が更新されたとしても、私たちの精神世界とかは失われたりしない。

自分が持ってるもの無くしたりせずに、自分なりにこの一年も過ごしていきたいと思うなあ。

今年も楽しく、好き嫌いせず、やれたらいいなあ。ワクワクできたらいいなあ。

2018年もどうぞよろしくお願いします。

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いい夕日撮れたよ。

 「それわかる!」とか、「これどう思う?」とか、「長い」とか、思ったことがあれば、ぜひ教えてください!最後まで読んでくださって、ありがとうございます!