スズキアンナ日報

スズキアンナが日常的にふわっと思ったことを書き連ねただけのどうでもいいようでどうでもよくないブログです。

縁の切れ目について


好きな人の話とか今までほとんど書いたことがなかった気がする。

好きな人って別に一人に限った話ではないし、周りにいて支えてくれて一緒に笑ってくれる人達みんなのことが好きなんだけど、たまにはこういう話もアリなのかなって思って書いてみる。本当にわたしの独断と偏見で徒然なるままに垂れ流すだけなんだけど、よかったら読んでください。

特に、人と関わったり自分と向き合うことが難しい人、全然自分のことが好きになれない人たちに読んで欲しい。

わたしの人生は高校生の時に思いっきり変わったんだけど、ここ2年でも大きく変わったんじゃないかなって思う。そのきっかけはいつも誰かからもらったもので、わたしがここまで生きてこれたのは本当にたくさんの人たちの支えのおかげだったんだと、最近ようやく実感できたんじゃないかなって思う。

 

 

まずは高校生の時の話。

小さい頃からあんまりお友達ができなかったわたしは、中学でも高校でもすっごく浮いてたと思う。あることないこと言われたり、自分のせいで迷惑かけすぎちゃってクラスの人たちみんなから話しかけられなくなったり、人との距離感がずっと掴めなかった。高校入ってすぐの文化祭で大コケしちゃって、その後「発達障害」って言われちゃって、余計誰かと関わるのが苦しくなったり逃げ場を求めてしまったり、なかなか自分と向き合うことができなかった。

自分と向き合いたいと思っても、「わたしなんて最初から生まれてこなければよかった」なんて思う一方で、発達障害の薬を飲みすぎて、壁に頭ガンガンぶつけて、「殺してくれたらいいのに」ってめちゃくちゃ思って、目の下にクマ作って、ほとんど鬱だったんじゃないかと思うし、逆にテンションあげようとしすぎちゃって意味わからないくらい暴走しすぎてしまってかえってドン引きされたり、今振り返っても当時のわたしは精神的に死にかけてたと思う。

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目の下のクマがなかなか取れなくなったのは、薬の副作用とも言われていたり...

 

 でも、そういう時に限って、いいきっかけは訪れるみたい。

 3歳から続けてきた英会話だけど、それがやっといい結果に結びついた。英語のスピーチ大会にチャレンジし続けてきたものの、毎回ことごとく失敗して、なかなか思うようにいかなかったわたしだけど、高校のスピーチ大会で1年生にして優勝しちゃって。それがきっかけで、今度はアメリカに行くことが決まった。大阪府のいろんな高校から同級生の子が集まって一緒にシリコンバレーに行った。本当にそれからわたしの人生が変わったというか...。

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あと10キロ痩せたらこれになる。

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みんな元気かな...???

ちょうど同時期、わたしは誰かの助けが欲しくて、校長室を訪ねた。それがわたしの恩師との出会いでもある。それ以来わたしは校長室にめちゃくちゃ通うようになったんだけど、先生は本当にいろんな人に会わせてくれた。わたしの話をいつも聞いてくれて、「ここがこう違う」「ここはこういう考え方をするといいよ」「だんだん成長してきたね」って声をかけてもらえて、自分と向き合えるようになった。

高校時代、わたしは自分一人で自分と向き合うことができなくて「わたしって実は発達障害で困ってて」っていろんな人に開示してきた。でも、話を聞いてくれた人はみんな「え〜〜〜別に気にならないけどな〜〜確かに変人だけど」って感じで言葉を返してくれて、認めてくれて、支えてくれるようになった。

高校時代、本当に誰よりもたくさんのことにチャレンジして走り続けてきたと思うけど、今振り返ればいつも誰かがそばにいて支えてくれてた。

そして気づけたのは、周りにどうみられているかを気にして、マイナスを減らすようにすることが大事なんじゃなくて、自分のことを受け入れた上で周りに対してどう接して行くかが大事ってことだった。

語り始めたらなかなか止まらないから、この話はまた聞いてくださると嬉しいです。
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ちなみにこれは中学時代のメンバーだけど、今年10年目に突入したみたい。テーマはサカナクションサカナクションに怒られそう。

 

 

そしてここ2年間の話。

大学入学当初...というより大学の最初の1年間は何もしなかった。やりたいことはたくさんあったけれど、周りのみんなは意外とそうでもなくて、なんかそういうのもあって自分が勝手に萎えちゃって目がキラキラするようなことは高校時代より少なかったし、うわべだけの人間関係が増えすぎちゃって全然面白くなかった。

だけど、高校時代の先輩に拾ってもらって、BARとゲストハウスの開業を手伝わせてもらうことになったり、きっかけは少しずつ増えてった。

今のアルバイトも、この6月で2年が経った。普段からたくさんのこと教えてもらえて、可愛がっていただいて、自分と向き合う手助けになっているなあ〜と思う。ここで教えてもらえなかったらわたしはどうなってたんだろうと思うほど。

好きな人たちができたよ、もちろんたくさんではないけれど。好きな人がいるというのは本当に心強い。わたしのことについてたくさん向き合ってくれて、強くなれるようにたくさん手助けしてくれた。ずっと「YES」と「NO」がはっきり言えなくて今よりも意思表示が苦手だったわたしだけど、だんだんそれができるようになって、選ぶという行為が少しずつできるようになったと思う。自分の選択を誰かに委ねるんじゃなくて、自分ごとで考えられるようになってきたのは紛れもなくこの人のおかげなんだと思う。もちろんみなさんのおかげなんだけど。

お花の写真を見るだけでもたくさんのこと思い出しちゃう。お誕生日には歳の数だけバラをくれて、今回なんかはぽろっとこぼしただけの夢も叶えてくれて、あげたお花を飾ってくれたり、紫陽花見に連れ出してくれたり、桜の季節になったら夜桜眺めに連れてってくれたり、わたしがお花好きだから、いつでも連れてってくれて息抜きに付き合ってくれたよな〜と思い出す。

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お花、ほんとに大好きなの!!

家族とか友達とか恋人とか、そういう概念はあっていいと思うけど、肩書きが欲しいわけじゃないから、最近は人との間柄に名前をつけないようにしている。わたしとあなた・あなたとわたし・わたしとわたし、みたいな気持ちのぶつけ合い方をしたいから。

 

 

そして最近は、本腰入れてスナックのママになるための活動をするようになった。「スナックのママになりたい」と口に出すようになって2年近くが経った。

周りの人たちに助けてもらいながらお店を貸してもらってイベントをすることも増えてきたし、毎回駆けつけてくれる友達も少しずつ増えてきた。

みんな、いつもわたしの夢に付き合ってくれてありがとう。

そしてこの8月ですが、普段は関西でやっていた活動を、少しずつ東京でもやろうと思っています。まずは8月末に銀座で開催される「インディーズスナック女子大生」に、イス嬢としてコラボします。

この #イスjD は最近ツイッター界隈でじわじわ人気になってきている間借りのスナックみたいな空間で、女子大生が銀座の夜にふわっと現れる感じになっているそうで...。今回初参戦なんだけど、その日はインディーズスナック女子大生の2周年イベントらしく、ちょっとワクワク気味。

これを機に、東京にも活動範囲を広げたいかなと思っています。もちろんわたしのホームタウンが大阪であることに変わりはないので、大阪でもやり続けます。興味ある人には一瞬でもいいから来て欲しい。

 

あれもこれもどれも出来たのは、全部、周りにいてくれる人たちのおかげで、誰か一人でもいなかったら起こり得なかったことの連続で、だから今になって、今更かもしれないけどその幸せを顎外れるくらい噛み締めているというか。もう本当にありがとう。

 

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最近は雨で写真撮ったり...

 

時代が進んで、人のコミュニケーションが発達して、人と人が繋がりやすくなった今、「別れ」とか「縁を切る」っていうのがそう簡単じゃなくなったように思う。多分、死んでも切れない縁がたくさんあると思うし、そういうの信じてる部分もある。

どれだけ技術が進化して人工知能が台頭しようが、それでも人の本質は変わらないし、人に一番近いのは相変わらず人だと思う。

どこまでいっても人に帰結するんだから、わたしはずっと、人と関われる場所で働いたり、そういう機会をたくさん作りたい。

今だからこそ余計に、O2O (=Online to Offline)の概念を大事にしたい。

 

そう信じて、わたしはわたしのやりたいことをして、誰かと一緒になって笑って、感謝を忘れずに進んでいきたい。

 

 

長く書きすぎた〜〜〜〜〜(反省の意)

 

 

 

変化は時に孤独を孕む。

変化は時に孤独を孕む。

変化できる人が強いというけれど、どうして強いのかというと、自分とも闘わなきゃいけないし、周りの考え方や状況とも闘わなきゃいけないからなのかなって思う。

シェアハウスに住むようになって、日々考えることが増えた。住人のみんなとの対話や、暮らしの共有を日々重ねていくなかで、今まで固執していたモノやコトがどうでも良くなった。ヒトも然り。

一方で、見えないものをもっと信じるようになった。信じたくなっただけなのかも。

ここ数年間、考える事を放棄し続けてきたし、そのおかげで、周りからは「考えない奴」みたいに思われてきたし、それはわたしが悪いんだけど、やっぱり、いざ考えてる事をシェアしてみると「深すぎない?」みたいな答えが返ってくる。

それはわたしが見えない事を考えるようになったからだし、同時に、みんなはわたしの見えている部分しか見えてなかったからなんだなあってちょっと切なくなった。仕方ないんだけどね。この時点で涙が出てくる。

やりたい事、ついていきたい人、魂を売りたくなるところが見つかった今、わたしは闘わなきゃいけないし、もっと強くなりたいと思う。

色んなことを引き寄せてしまいがち、しかも清濁両方を引き寄せてしまうわたしは、もっとキャパを広げなきゃいけない。こんなところで泣いてる場合ではない。

「この人はわたしを愛してくれる」みたいな考えもすごく稚拙なものだったと思う。ただ単に、「自分本位に愛してくれていただけ」なのだ。あんまり認めたくないけどね。

そうさせてしまったのも自分だから、仕方ない。

 

変化は時に孤独を孕む。

今まで大好きだったモノに置いていかれる感覚、一方で、これから大好きになるモノに食らいついていく感覚、両方を孕んでいるから、心苦しい。変化の中に生きることは苦しい。

今置いていけるモノは、置いていこう。また戻ってこれるように。

 

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気持ちを入れ込むためにショートにしたけど、やっと落ち着いてきた。いい仕上がり方をしてきているのかも。

廃棄食材生活、はじめます!

6/5から、1ヶ月間の廃棄食材生活チャレンジにジョインする事に。

 

友達が月に一度やっている「ゴミレストラン」というイベントがある。

そこには「もったいないを、見直そう」というテーマがあって、フードロスを減らすためにみんなで何かできることはないかと考え直すきっかけになっていて。

具体的には、飲食店からいただいたお客様に提供できないような食材や、参加者が持ち寄った廃棄食材をみんなで調理して、美味しくいただく、というもの。

ブサイクな野菜も、ちょっとヤバそうなお肉もひと手間かけるだけで全然使えるし、飲食店のフードロスってこんなにも大量にあったんだ〜って実感できるし、実際作ってみると毎回大量のごちそうが完成する。

 

で、本題に戻って、廃棄食材生活の話を。

どんな事をするのかというと、文字通り、廃棄食材だけで生活する、というもの。

 

ルールは

  • 廃棄食材の定義は、本来捨てられるはずであった食べ物、食材
  • 飲み物、アルコールは原則OK(ただし、フルーツジュースやトマトジュースなどの栄養豊富なものは除外)
  • 基本的な調味料や油は使用可
  • 人が食べきれないなどの理由で残したものも廃棄食材として食べてもOK(ただし残すよう促したり無理な量の料理を注文するのはNG)

 

今これを読んでくれているみなさまの家庭やバイト先、おばあちゃんちの畑などから出た規格外の野菜や廃棄予定のお肉(米があるとさらに嬉しいが)などなどをいただいて、それだけで1ヶ月間を過ごす。

もちろんレストランに行っても美味しいご飯はこの1ヶ月間食べられないし、みんなと飲み会に行ってもそれを眺めるだけになると思う。

シェアハウスのみんなで夜ご飯会をしたとしても、わたしはきっと別のご飯を食べると思う。

食べたいものを食べたい時に食べられないけれど、でも普段の食生活やその裏側で起こっている事をもっと考えられるようになるからすごく楽しみだし、いただいたものを美味しくいただく料理の仕方も上達するかもしれない。

今のところあんまり実感湧いてないし、想像がつかないけど、やっていきます。

 

みんなの周りにある廃棄食材があれば、わたしにください。

可能な限り、受け取りに行きます。学校は月曜日と木曜日にはだいたいいるし、それ以外でも関西圏内なら取りに行けます。

廃棄食材をくださった方には、それを使ったご飯の写メや、くださった方ご本人のご紹介など、わたしにできる事でお返ししていくつもりです。

できる事からやりたいし、それで少しでもフードロスが減るなら素敵だと思います。

フードロス問題、一緒に解決しようよ。

 

廃棄食材生活については、このブログでも定期的に伝えられたらいいと思うし、InstagramTwitterFacebookなどの各SNSでレポートしていこうと思っています。

共感していただける方、フードロスに関してお悩みの方、フードロスを詳しく学んでいる方は、コメント、メッセージなどよろしくお願いします。

 

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多分こういう写真見返して何回か泣く

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

スズキアンナ、野田暮らし(note見て)

野田で暮らしはじめた。シェアハウスである。

メンバーは、23歳のアーティストと、38歳の手ぬぐい屋さんのお兄さんと、62歳のファンキー脳梗塞じいちゃんと、同じ歳くらいでファンキーじいちゃんのお世話をしてるおばちゃん。

そこに、22歳の女子大生。

...カオス。

生まれて初めて(ちゃんと)家を出て暮らし始めて、お金の使い方や生活の仕方であったり、生計の立て方であったりとか、そういうのを初めて勉強する事になっている。

家族以外の人とのコミュニケーション、暮らしのシェア、なんだかそういうのも新鮮。

 

暮らし始めてもう2ヶ月近くが経った。

毎晩クリエイティブな話をして、モノづくりっぽいことをして、作戦会議して、自分の考え方とかやり方を考え直して。これはこれで実家では出来なかった事だから、楽しい。

 

お金は無いけれど、それなりに楽しく幸せに暮らせている。人と暮らすことは意外と悪くない。まだまだ自分に自信がないけれど、住人のみんなが一緒にいてくれてなんでも聴いてくれるから、ホッとできる。

自分が周りからどう見られているか、それを受け入れられるかどうか、そういうのも試されてるし、実際少しずつだけど自分自身変化してると思う。

 

家族との関係もいい感じで、家出した時はもうどうしようもなかったけど、今になってありがたみが分かる。やっぱり味方だと思う。反抗期はほとんどなかったとは言え、たくさん反抗してきたし、でもやっぱり居心地良かったし。この前実家に戻った時は、居心地よすぎてずっと引きこもってた。実家の匂いがするんだもの。

 

就活は少し先になりそう。ていうか就活禁止令が発令されてしまった。でも、なんとかなると思う。

自分のペースで、着実に、落ち着いて、焦らず進められれば、それでもいいかな。

 

あと、noteを始めた。シェアハウスのこと、全然違うバックグラウンドを持った人と暮らしを共有するのは難しいけど面白い。

みんなに共有したいから、ぜひ見てください。

もちろん、ここでもブログは続けます。

https://note.mu/anzu_share/n/ncc4ece25f5e9

 

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占い見聞録

占いをはじめた。

占いってやりはじめたら時間がかかるから、時間を見つけて少しずつ占わせてもらってるんだけど、ここまでで20人近くは占ってきたかもしれない。まだまだ駆け出し占い師の端くれである。

占いをやるようになって1ヶ月。気づいたことは、人によって違った捉え方をされるということ。

 

例えば何を言われてもすっごく嫌な気持ちになってしまう人は「全然当たらないんだけど」みたいな感覚を抱くみたいで、「あ、ありがとね〜〜〜」って言ってそそくさと離れていく。悩んでいることとか感じていることとかをデトックス感覚で流したいのだと思う。流したはいいけど、その次に舞い込んできた新しいアドバイスは、本人にとっては異質すぎて受け入れられないのかな〜〜〜と捉えた。現時点では。

私にとってその感覚ってあるようでない(無いようである場合もある)ものだから、価値観としてはすごく新鮮。だからありがたい。

 

一方で「すっごく当たります!!」とか「聴きやすい!」って言ってくれる人がいる。これもすごくありがたい。ファシリテーションのスキルを磨きたい&人の話を聞けるように練習したいと思っている私にとってこの人たちは私にたくさんのエピソードを共有してくれるから、占うというよりも勝手にその人のことを知ることができるのが嬉しい。

占いは、自分の中にある悩みとかを押し流すというか噛み砕く行動が多いと思うのだけど、その先にある「じゃあ明日からどうする?」を考えられることが多くて刺激になっている部分もある。

 

捉え方次第で物事は良くも悪くも映るし、次の行動を生み出しやすくなると思うし、占いに限らず、人とのコミュニケーションにおいてもっと自分の立ち位置とか周りの人との関係性とかを俯瞰できたらと思う。めちゃくちゃ主観で行動している私にとっては、今欲しいスキルの一つ。

 

私が占いをする理由って、悩んでいる人に「こうしたらどうかな?」ってアドバイスがしたいんじゃなくて、「あなたはどういう人なんでしょうか?」「占いが終わった瞬間からあなたはどんなことするんですか??」が聴きたいからなのかなと思う。

めっちゃエゴなんだ。

私はエゴの塊だけど、エゴはあってもいいと思ってるし、その分うまくエゴをうまいこと原動力にしていければと思う。まあまあ難しいけど。

 

知りたくて占いをする。

 

誰かの悩みと解決策を一緒になって考える代わりに私自身もその人のことを知れたらいいと思う。

だからもっと占いをしたいし、みんなのことたくさん教えて欲しい。

 

よかったら私の占いに巻き込まれてください。

 

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関係ないけど最近野田に住みはじめたよ。また野田暮らしの記事書きます。

スナックのママになりたくて

スナックのママになりたくて、最近は過ごしている。

前提として、「なんのために、どんな事をするのか」というと、ちょっと長くなるけれど。

 

飲み屋さんって基本的に、「ちょっと聞いてよ〜〜」から始まる愚痴とか悩みに関する話題が多いなって思う。純粋に飲みが好きな人もいると思うし、私生活の悩み・仕事とか対人関係とか社会に関する悩みとか、そういうのをふわっと浄化させたくて通う人もいるし、いろんな人が集まるけれど、同時にたくさん情報が舞い込んでくるのが現状なのかな〜〜とざっくり捉えていて。

一方で、飲み屋さんは簡単に人と繋がれる、「サロン要素」があるなあって思っていて。「お互いが何者であるか」みたいなバイアス抜きでゼロから他人と関われるから、感覚的に繋がりやすいし。飲みニケーションってすっごく「アツい」事だと思う。私たち世代(ちなミレニアルズ)の酒離れが離れているとは言われているけど、これじゃあもったいない。

 

こういう現状に対して、わたしは、「課題解決」とか「作戦会議」を中心に据えてスナックのママになりたいと思ってる。

口からポロっとこぼれた悩みって、大きな社会課題だと思うし、ポロっとこぼしっぱなしにするんじゃなくて、責任持って課題解決に向かいたい。

繋がったお客さんそれぞれに技術や知見があるし、会社や組織の枠組みを超えて、その場でパーティを形成して解決したい。なんなら、わたしのスナックから、発明とかプロダクトとかサービスとか、そういう新しいビジネスというか、イノベーションが生まれて欲しいって思ってる。

 

スナックのママになりたくて、勉強する。大学生でいられるのもあと一年。ここからは、スナックとかいわゆる水商売とかの文化を勉強したい。どんな歴史があって、これからどう進んでいくのか、スナック文化のどの部分に重きを置いていくのか、そういう事を考えつづけたい。横のつながりを作れるのも、可愛がってもらえるのも今だから、今を大事にしなくちゃいけないってすごく思う。わたしには夢があるから。

 

スナックのママになりたくて、練習する。これは、いつもお世話になっている人たちのお店で、「スナックすずき」をやらせてもらっている。いい日もあるし、よくない日もあるけれど、ちょっとずつ、わたしのことを知ってくれる人がいればいいな。これからは、昼スナックとか「スタンドすずき」とか、お日様が出ている時間帯にもやれたらいいな。だから、就活で大阪に来ている同学年の友達も、顔見せてくれたら嬉しいな。「元気にやってる?」「就活どう?」「これからどうする?」みたいな会話から、わたしのスナックのコンセプトが叶えばいいな〜なんて思ってる。きてね。(宣伝かよ笑)

 

スナックのママになりたくて、飲み歩く。これは、基本的に友達のBARに通って日々勉強しているという事。一見消費している感じはするけれど、投資。たまに、お世話になっている人とか友達とかを連れていってみて、BARの空気感に対してその友達の間隔がどこまで馴染むのか、どんな会話をするのか、そういうのを観察する事もあるし、「商売っ気」を眺めている時もある。無駄ではないし、身銭を切るメインの場所だと思ってやってる部分がある。

 

スナックのママになりたくて、スナックじゃない場所で修行する。これは、わたしのスナックに対するミッションが、「課題解決のために、作戦会議できるようなスナックを作りたい」だから。3年5年と言わず、もっと修行したい。組織におけるお金の流れ、1つのプロジェクトが自立するまでのプロセスとか、そういうのを勉強するのが目的だし、そのためにはじっくり時間をかけたい。

 

就活は、「新卒ブランドとかどうでもいいから就職浪人してやる!」とか言いつつ、ゆるゆると始めてます。みんなに、「杏奈就活するん?」とか言われるけど意外とやってるよ。次に進みたいところに、規模の大小とかブランドの有無とかそういうのは関係なくて、別にエリートになりたいわけでもなくて、ただただ修行できる環境とついていきたいと思えるボスに出会えたらいいな〜〜程度にしか思っていない。肩肘張らずに、進めたいし、面白そうな場所があったら本当に紹介して欲しいし、同じように夢があって今やること頑張ってる友達ともっと話したい。

何が言いたいかって、今就活している友達のみんな、良かったらわたしと一緒に飲みに行ってください。

 

スナックのママになりたいから、これから少しずつ形になるように進めていこうと思っています。みんながいなくちゃ始まらない!みんなと一緒に、場所づくり、空間づくりをやりたい!どんな人にも夢があるから、手伝えることがあればなんでも教えてください!

 

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気持ちを入れたくて、今までの自分から変わりたくて、20センチほど髪を切りました。いい人に切ってもらえたと思う。ベリショとかって、丁寧にケアしなきゃだと思うし、そういう決意も含めているよ。

 

花と意味について

お花にハマっている。

その人の事を考えながら花束を作って、その人に今一番伝えたい事を伝える事が出来るからすごく好き、なんだと思う。

花って枯れてしまうから、余計に、今一番すっごく伝えたい事を伝えやすい。

 

21本のバラのはなし🌹🌹

卒業式の時とか、ステキな事があった時とか色々な場面でお花を貰ってきたけれど、生きてきた中で一番嬉しかったのは、お誕生日に大好きな人から貰った大きな大きな花束で。バカでかいのに、車で運んでもらって、担いで家まで持って帰るくらい嬉しかった。

ドライフラワーにしようとした祖母に「あんたの花束、バラが21本(年の数)も入ってたんやで!気づいてた?」って言われたんだけど、全然気づけなかった。

後から確認したら、本当に21本の赤いバラが入ってた。(本人はちゃんと教えてくれなかったけど)  

わたしは元々、なんとなく花言葉とか石言葉とかそういうのが好きだったから調べてみたんだけど、バラは花言葉だけではなく、渡す本数によっても意味が変わってくるらしい。

赤いバラの花言葉🌹

→「あなたを愛しています」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」「美貌」

赤いバラが21本🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹

→「あなただけに尽くします」

21本に関しては、そういう意味はなかっただろうけど、でも「そうだったらいいのにな」って思うと勝手に嬉しくなってニヤニヤしてしまった。

それ以来、何かにつけて、友達や大事な人にオリジナルの花束を作って渡している。渡したい人それぞれに似合う花言葉や色かたち、意味があると思うから、ちょっとお節介だけど渡している。本当はみんなにお花を渡してまわりたいくらいお花が好きなのだ。

 

意味のはなし🥴🥴

どんなものにでも意味がある。

縄文土器の模様にも、食べ物や飲み物にも、サボる事にも、ルネサンス期の名画にも、表情にも、歩く速度にも、その時の言葉づかいにも、犬にも猫にも、花にも石にも。

だけど最近はちょっとサボっていたと思う。調子に乗りすぎてたかもしれないと思う。意味がわかったふりをしすぎていたかもと思う。なんしか、考えなさすぎた。

もしかしたらもっと違う切り口がたくさんあるだろうし、まだまだ試せることがあるはずなのに、自分の居場所に過ごしやすさを感じすぎていたかもしれない。

分かったふりをするのも、余計な事を考えるのも、頭でっかちになるのも、本来のわたしにしちゃあ勿体ない。

花の色やかたち、匂い、意味だけにこだわるんじゃなくて、蕾も葉っぱもその下の根っこも大事にしよう。

誰かに花束を渡したくてたまらない。伝えたい事はもっと言葉にしよう。

いいところだけを見せるんじゃなくて、もっと根っこを見てもらいたい。食べてもらいたい。

やりたいことがたくさんある。腐らずやろう。

 

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これは、いつもお世話になっているルーキーへのお誕生日のお花。ヒヤシンスが誕生花なのでど真ん中に。いい匂いの花束になったかも。


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これは、大好きな人への花束。大好きって事を伝えようと思っていたのに、その人に似合う色を考えているうちにビタミンカラーになっちゃった。意味合いも、大好きというより感謝に。オレンジの包み紙に紺色のリボンを結んでもらったのもお気に入り。


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これは、なんとなくお花買っていこ〜〜って思った時のお花で、「ダリア」という。一輪挿しでも映えるお花だから渡しやすいし飾りやすい。花言葉は色によって変わるけれどオレンジのダリアに特別な意味はない。ダリア全体の花言葉として、「華麗」「優雅」「気品」「威厳」「感謝」「移り気」「裏切り」「不安定」がある。今のわたしの理想と現実が混ざってるなと後から思った。

 

 

「それわかる!」とか、「これどう思う?」とか、「長い」とか、思ったことがあれば、ぜひ教えてください!最後まで読んでくださって、ありがとうございます!